生産者向け財務論① 将来に向けた投資は、どれくらいが適正なのか

攻めの経営

農業経営を行う上での財務的な考え方を、何回かに分けて紹介します。
今回は、将来への投資をどれくらいの割合で行えばよいのかを検討します。
攻めの経営、守りの経営など、ふわっとした言葉で表現されがちな分野ですが、経営判断に使うためには可視化が重要です。
特に成長期から成熟期の生産者の方にはご理解いただきたい内容です。

皆さんは、経営における投資の割合を考えたことはありますか?
たとえばGoogle社で採用されていた20%ルールがあります。Googleの社員は、目の前の業務に使う時間は80%に抑えて、残りの20%は将来への投資に使いましょうというルール。

経営も同じです。経営者が目の前の業務に忙殺されると、経営は「ジリ貧」になります。だからこそ、多少の時間とお金を投資に使って、将来のために自分から勝負を仕掛けにいく必要があります。

これ自体は、まあそうだよね、と思う方も多いでしょう。ただ、理解するのは簡単でも、実現させるのは難しいです。なぜなら、マインドセットのお話に帰結しがちだから。
そもそも自分の労働時間を把握していない状況でパーセンテージを議論することに意味はあまりありません。
しかも、目の前の農作業は信じられないほど忙しい。農作業から離れても、土や作物のことが気になって天気予報ばかりを追ってしまう。
結局、将来への投資計画なんて、うやむやになってしまうのがオチです。

そこで、マインドではなく、財務の考え方を使って、投資と業務の割合を整理してみましょう。
投資計画は、思い描くことではなく、それを実行に移して、売上を伸ばしていくところまでがセットです。

将来的な投資に使うお金と、目の前の事業を回すお金を、区別して考える

農業における投資といえば、ビニールハウスやトラクターなどがありますよね。
このように、ハウスを建てたりトラクターを買ったり、何か新しい投資を行ったときの支出をCAPEXと言います。
CAPEXとは、事業を成長させるための支出だと言ってよいでしょう。

逆に、事業を回すための支出をOPEXと言います。ハウスやトラクターの修繕費はもちろん、人件費や肥料農薬費なども含めた支出のことを言います。
事業活動に伴う支出は、大きくCAPEXとOPEXに分けて考えられるイメージです。

そして、CAPEXとOPEXは比率で考えるのですが、CAPEXの比率が下がると、つまり支出がOPEXに偏ると、農業経営はジリ貧になります。

ジリ貧というのは何を指すかというと、経営体力がじわじわと削られていく状態です。ビジネスを成長させたいと考えたタイミングで、その体力が既に残っていない状態です。
天災とかコロナとか市場環境の変化とか、そういった有事のときに大きな攻め手を打つこともできない状態に陥ります。

CAPEXとOPEXの比率は、一般的な農業ではどうなっているのか

CAPEXは、事業を成長させるときにかかる支出です。
一般にはCAPEXは就農直後に膨らみますが、攻めの経営をしている生産者もCAPEXが大きくなりがちです。

CAPEXは設備や機械などへの投資なので金額が大きいです。しかも減価償却資産なので、損益計算書上の利益はすぐには圧縮できずに税払いは多いままです。それなのに現金は容赦なく減ります。
だから、猛烈なスピードで成長を続けると、経営は(見た目以上に)苦しくなります。現預金残高は見る見るうちに減っていき、次の施策に充てるお金がなくなります。
急成長を遂げている経営者が「利益は出ているのに口座にお金が残らない」と口を揃えて話すのは、そういうことです。

さて、CAPEXは事業が成長しているときに多く発生するので、逆に成長が緩やかになってくると掛からないお金でもあります。
圃場面積が落ち着いたら、トラクターを新しくバンバン買う必要もなくなりますよね。そんな感じでCAPEXは落ち着いてきますが、成長が鈍化していることも事実です。
就農から15年くらい経った農家さんや、親元就農をした農家さんに多い印象です。そうした農家さんは、地域の中でも頼られる中規模の農家で、実際にそれなりに豊かな生活をしていて高級車に乗っていたりもします。

CAPEXが減ると、何が起こるのか

CAPEXが高止まりしている状態、つまり農業経営が急成長しているときというのは、現金がなくて辛いです。
でも希望も大きく将来性も明るい(ことが多い)ので、コンサルをしていても雰囲気が良いです。

逆に、CAPEXが少なくOPEX比率が高い場合、これは危険信号です。
会社の口座にお金が無尽蔵に入っているなら話は違いますが、そんな法人は見かけません。
経営者の個人口座が、一般サラリーマンに比べたら潤っているくらいです。弁護士の知人に言わせれば「小金持ち」の状態。社長は良い車に乗っていて、子どもは私立に行かせてあげれるけれども、事業に回すお金はない。生活費と事業費は桁が1つか2つ違うので、豊かな生活を送れるからといって会社に回せる金額は多くありません。

たとえば、以下のような歴史をたどった農業法人が、CAPEXが減っている状態の代表例です。
①就農直後は大赤字だったけれども、
②5年後くらいから黒字化して、
③ほっとしていたタイミングにコロナが来て、
④コロナをなんとか乗り越えて、
⑤今は決算上はギリギリ黒字、
といった法人。
地域の農家としては間違いなく中核的な存在で、部会の執行部や農業委員も経験したような素晴らしい農業者。親族には市町村議員がいたりして。
畜産、植物工場、農事組合法人など、初期投資がドンと乗っかる業態の中で、設立から10年以上経った法人で多く見られる印象です。

そうした中規模・大規模農園は商系出荷が多いので、「コロナでダメージを受けたけれども、周りの人の支えもあって何とか生きながらえました」みたいなネット記事はよく見ます。表面的には何とも美しいストーリーですが、財務の蓋を開けてみると、もはや現預金は残っておらず、建物・構築物を除けば減価償却を終えた農機具を騙し騙し使っていることも多い。コロナ対策で流出した現預金も、コロナ以前の水準までは戻ってきていない。しかし経営体としては大きいので、リスクテイクして大胆な施策を打つのも怖い状況です。
銀行の反応は渋くなっていて、ファンドに出資を頼んでも音沙汰なし。経営が安定しているように見えて、実のところは身動きが取れない状況になっています。

そこまで来てしまうと、打てる施策は限られてしまいます。コンサルタントとしては「経営改善」よりもしんどい「事業再生」と呼ばれるフェーズに入っていて、場合によっては弁護士を介入させて事業譲渡をして、身軽になったところでリスクテイクして再起を図るなどが視野に入ってきます。
あるいは人件費などの固定費を切り詰めつつ、コロナとか地震台風などが起こらないことを願った運頼みの経営をするか。いずれにせよハードモードです。

成長が鈍化する前に、次の成長に向けた投資を行う

経営がそこまで痛む前に対策を打つことが肝心。
ここでいう対策とは、目の前のことで忙しい時期であっても、将来に向けた投資はきちんとやるということです。
ということで、最初の20%ルールの話に戻ってきます。

会社が忙しい時期であっても、投資を積極的に行う。
繰り返しになりますが、「積極的に」という判断基準は、20%ルールのようなマインドセットではなく、財務指標に基づいて実測して、PDCAを回せるようにしましょう。
その日の気分で投資をするのではなくて、長期的な計画に基づいて、要員と費用を合理的に投資に回す判断をすることが重要です。

ちなみに、投資のアテは簡単には見つかりません。上手い話はそんな簡単には落ちていなくて、CAPEXを出したくても出せないのが普通だと思います。頑張りすぎた結果、上手に言いくるめられて不必要な農機具を買ったり、最悪の場合にはマルチビジネスに手を出したりしたら目も当てられません。
それでも労力を割いて、リスクを取らなければ経営は伸びません。諦めずに話を聞きに行き(接待交際費)、外部セミナーに出たり本を読んだり(研修費、新聞図書費)、展示会に出展したりステークホルダーとの協業を模索してみたり(広告宣伝費、会議費)、専門の人員を採用したり(人件費(≠労務費)、要員計画に従って決める)などなどの時間とお金を掛けます。
だからコンサルタントは、将来の成長に向けて投資をうまく進められているかを確認したくて、接待交際費や研修費、広告宣伝費など、財務全体にはインパクトが少ない数字でも内訳まで突っ込んで質問することもあります。

攻めの経営に必要なのは、マインドセットなどの「覚悟」ではなく、財務的な「管理」です。
無駄な投資は打つべきではないけれども、予め決めた投資金額を達成するまでは逃げない。投資の効果を回収するまで諦めない。
合理的に投資をやり切ることで、成長を続けましょう。

CAPEXの測定方法と実務的な簡易診断

それでは、合理的な投資判断は、何に基づいて行えばよいのでしょうか。
結論からいうと、キャッシュフロー計算書を見ましょう、というところに落ち着きます。
最後に、その実務のところにも触れておきましょう。

そもそもCAPEXというのは、PL(損益計算書)には直接的には表れてこない数値です。固定資産を購入すると資産計上するので、PLには減価償却費として遅れて載ってくるのみです。損金計上がリアルタイムで反映されないので、CAPEXをPLだけで把握するのは困難です(OPEXはPLだけで概ね把握できます)。
よって、CAPEXを把握したり計画するには、キャッシュフロー計算を行うことになります。

CAPEXの把握は成長途上の個人・法人にこそ行っていただきたいので、このタイミングでキャッシュフロー計算にチャレンジしてみてください。
ちなみに、年商1億円を超える農業法人であれば月次試算表や資金移動表は当然に作成しています。そこは一段高い目標として、まずはキャッシュフロー計算から始めてみましょう。
ちなみに私は、成長真っただ中の農家さんからのご依頼ほど燃える人です。皆さんが車の運転手だとすれば、私は安全支援システムとして縁の下から支えますので、遠慮なく頼ってください。

ということで、キャッシュフロー計算をやってみましょう。中小企業庁のExcelを使えばすぐにできます。
とりあえずやってみましょう。やりましたか? やりましたよね? では見ていきましょう!

CAPEXの金額は、キャッシュフロー計算書の中の、投資キャッシュフローという項目に現れます。CAPEXは減価償却資産の増加を指すと言う人もいますが、広義では(そして実務では)土地や有価証券の購入も含めて考えるのが良いかと思います。

さて一般に、投資キャッシュフローはマイナスであることが望ましいです。現金が減るのは手痛いですが、手元の経営資源を投資に回さなければジリ貧待ったなしです。
逆に、投資キャッシュフローがプラスになるというのはかなり特徴的な財務(特に投資CFプラスが数年続いているなら、大抵まずい状況)です。投資キャッシュフローは、マイナスが普通、プラスだったら違和感を抱いてほしいです。

続いて、フリーキャッシュフローの項目を見てみてください。フリーキャッシュフローというのは、営業キャッシュフローと投資キャッシュフローを足した金額です。フリーキャッシュフローがマイナスになっているのであれば、投資のしすぎ(利益が少なすぎる可能性もある)が疑われます。積極的に投資をするのは悪いことではないですが、やりすぎの状態が数年続くと資金がショートする可能性が高まります。
逆にフリーキャッシュフローが大きくプラスのときには投資額が小さすぎる可能性もあります。ただ、次の財務キャッシュフローとの兼ね合いでは仕方がないと判断すべき可能性もあります。

最後に見ていただきたいのが、財務キャッシュフローです。たとえば借入を返済したら手元現預金は流出することになるので財務キャッシュフローはマイナスになります(なお、借入金の返済はPLには現れません)。
返さなければならない借金がある時には、それも考慮して投資を判断しなければなりませんよね。考慮してというのは、投資を直ちに取りやめるというのではなく、借入金額を増やしてキャッシュを分厚くしておくとか、リースやOEMを活用するとか、補助金を使うとか、投資のタイミングを後ろに遅らせるなども含めます。「借金がある=投資を控えろ」というわけではないですが、投資判断には借入金額は当然に影響してきます。
その財務キャッシュフローも含めたキャッシュの動きの結果として、手元キャッシュが大きく減っていないかを、キャッシュの期末残高から確認します。

ということで簡易診断としては、
①投資キャッシュフローはマイナス
②フリーキャッシュフローは多すぎず少なすぎず
③財務キャッシュフローを考慮した後のキャッシュの期末残高(キャッシュフロー計算書の末尾)が増えていて、
しかも、
④売上高はこれまで伸び続けていて
⑤売上高は今後も順調に伸び続ける見込みである。
もし①~⑤が揃っていないなら、CAPEXが適正な水準・内容になるように経営を見直してみることをおすすめします。

上の話を正確性を犠牲にして文系的な言葉で置き換えると、
「売上を伸ばし続ける工夫はしていますか? 借金をしていないなら、利益額分くらいは投資に回しても良いかもしれないですね。将来に向けた設備投資などを、積極的に検討してみませんか?」というお話になるかと思います。
補足しておくと、営業キャッシュフローというのは、多くの企業においては、当期純利益に減価償却費を足し戻した値に近いです。それをフルフルで投資に回すのはやりすぎ(売上高は伸びるのに手元の現金が減る)ですが、現金が減るのを恐れすぎて投資しなさすぎると「ジリ貧」になります。この辺りの塩梅を探ってみてください。

長くなったので、この辺りで失礼します。
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